日本で唯一3種類(盲導犬、介助犬、聴導犬)の補助犬を育成および認定できる団体です
「まったく動けないわけではありません。まだ体の3分の1は動かすことができるのですよ。それだけでも大変ありがたい、と思っています」
健常者から、自分の身体が3分の2近くも動かなくなってしまう、という事態は一般的に信じがたい、受け入れられがたい出来事だろうと誰しも思うはずです。それでも安杖さんは「ありがたい」と表現します。
なぜ?
「実は、それ以上にとてもつらい思いを経験しているんです」
身体の3分の2が動かなくなることより辛いもの。
人工呼吸器を外すリハビリテーションでした。
安杖さんは、背骨を骨折しただけではなく、両方の肺に肋骨が数本突き刺さるという甚大な傷を負いました。穴が空いたところからは多量の出血と、呼吸困難。この傷こそが安杖さんの生命を脅かす危険なものでした。肺に穴が開いていることから自力での呼吸は当然できません。すぐに人工呼吸器が取り付けられました。
人工呼吸器が取り付けられたということは、いつかそれを外さなくてはなりません。そのタイミングが背骨を修復する手術でした。
手術を受けるためには、自力で肺呼吸できることが大前提だったのです。
背骨を修復しないと、完全に寝たきりとなってしまいます。そこで、手術に向けて自力で肺呼吸ができるように、人工呼吸器から酸素が少しずつ抜かれるリハビリが始まりました。
これが「とにかくつらかった」と、安杖さんは語ります。
少しずつとはいえ呼吸ができない悶絶の苦しみが毎日襲います。このリハビリは3ヶ月ほどかけてゆっくりとしたペースでおこなう場合もあるそうですが、それでもその苦しさに耐えられず、人工呼吸器の取り外しを諦める人もたくさんいるといいます。
安杖さんは3週間で外れました。
「精神力が強いとか、そういうのではないんですよ。これはもう強制でした」
人工呼吸器を取り外すとき、安杖さんは意識があれども身体を動かすことがまったくできない、半ば植物状態だったのです。
「だから、呼吸が苦しくても、その意思表示をすることができなかったんです」
「苦しい!」
「もうやめます!」
呼吸ができない悶絶の苦しみを味わいながらも、その意思表示のリアクションがまったくできません。酸素を抜かれるたびに感じていた安杖さんの悶絶の苦しさを、誰も気がつくことなくそのままリハビリが続けられました。だから3週間で外せることができたのです。
「もう地獄の苦しみとしか言いようがないですね。呼吸ができない苦しみ、その苦しみを訴えようにも身体を一切動かすことすらできない。このときの苦しみに比べたら、身体の3分の2が動かないなんて、たかが知れている、と思いました」
呼吸ができる、ありがたさ。
身体を動かせる、ありがたさ。
身体が3部の2も動かせられない、ではない。
まだ「3分の1も身体が動かせる」のだ。
「この苦しみがあったからこそ、自分の境遇を受け入れることができました。健常者ほどはないにしても、車椅子や器具を使えば『何でもできる』と思えるようになりました」
いまの状態は、決してどん底などではない。まだまだやれることはあるし、できることだっていっぱいあるはず。
こうしていま、安杖さんは介助犬とともに、一人で普通に暮らしています。